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渡辺 喜美 金融担当大臣 インタビュー 

<澁谷>

 グローバル化の中で、世界と戦える競争力のある銀行とはどんな銀行か?大臣のお考えをお聞かせください。

<渡辺大臣>

 日本の銀行は大ケガから立ち直り、完全回復とまではいかない状況です。 例えば、ROEやROAなどの国際標準から見れば見劣りしており、収益面でもグローバルな水準には達していません。つまり高い収益力があるとは言いにくい状況ですが、ケガの巧妙とも言えるのがLCFI に比べるとサブプライムのダメージが小さかったことです。

 今後の見通しを考えるうえで、ポスト冷戦時代において日本が真っ先に困難に陥った、なかんずく、日本の銀行がその荒波を受けてしまいましたが、現在の米国のLCFI が当時の日本と同じ経験をしていると言えます。

 そしていち早くそのダメージから脱却した経験を持つ日本、その歴史の教訓が今の米国のLCFI にもあてはまり、LCFI がその泥沼にあるときに、逆に日本の健全な銀行がピンチをチャンスに変え、グローバル化の中で急浮上できる可能性を秘めているとも考えられます。

 そのような急浮上を実現するには、引き続き健全な財務基盤や、高い収益力を維持するため最先端の金融知識、技術、コミュニケーション能力を持った人材を確保する、利用者の利便性の向上につとめる、I Tのさらなるブラッシュアップ、バージョンアップを進める、このような努力で競争力を高められると思います。

 また金融庁としては、日本の金融資本市場の国際競争力強化のためのプランを国会に提出しました。ベターレギュレーションの観点からも銀行の競争力を大いに高めていくことが可能だと考えています。

<澁谷>

郵政民営化や政府系金融機関の民営化など、銀行を取り巻く環境は大きく変化しています。今後、顧客から選ばれる銀行となるためには、どのような役割や機能を果たしていくべきでしょうか。

<渡辺大臣>

 銀行がお客様のほうから選ばれるには、一種の差異化というものが必要でしょう。つまり、それぞれの強みや特徴を生かしたビジネスモデルが必要です。ニーズにマッチした高い質のサービスや商品を提供できることが大切ですね。 顧客の多様なニーズの中には、時間軸でいえば長期の資金が必要だという顧客もあります。

 日本の多くの企業は法人企業統計で明らかなように、資本と負債の比率が負債に偏っているのが現状で、34対66ぐらいの比率です。アメリカにおいては資本が59で、負債が41という比率であり、資本主義の原則においてはこちらが当たり前のことですね。負債を最終的に担保するのは資本なわけで、負債が資本より大きいという日本の企業は歪な資本構造になっています。

 これは言うまでもなく、戦時統制経済の名残りのようなもので、このような統制型システムから脱却していくためにも、銀行が資本性の商品を供給し、特に資本市場でお金を調達しにくい中小企業に対しては、新しいサービスを提供していくことが非常に大切なのです。

 資本性のお金というのは当然長期の資金であり、銀行としては企業を見分ける目利きの能力を高めサービスを展開していく、地域金融機関では究極のリレーションシップバンキング、地域密着型の金融がこのような資本性サービスの提供ということになっていくのです。

 また、ネットバンキングも非常に広まっていく分野であり、コスト比較をすると、窓口を100とするとATMが10、ネットバンキングは1になる。これは日米ともに同じようなコスト構造です。ネットバンキングのサービスを向上させて利用者の安全と安心を高めていくことが望まれます。

 中小公庫のような政府系金融機関では、資本性の劣後ローンをはじめた訳ですが、資本性のお金のなかでは優先出資や議決権のない株式という種類も選択ができる。これは上場企業に限らず中小企業でもできることで、これまでの日本の銀行は新しいことをやって来なかった。規制に守られた統制型の金融システムの中で安住してきたことの表れでもあるのです。旧来のシステムから抜け出さなければ、日本の金融機関は世界の市場からどんどん遅れていってしまいます。

<澁谷>

 日本の金融機関には統制型からの脱却が一番大切だと言うことですね。

<渡辺大臣>

 そうです、まさにそういうことです。

<澁谷>

 現在の銀行の公共性やコンプライアンス遵守状況について、大臣はどのようにお考えでしょうか。

<渡辺大臣>

 コンプライアンスの面では郵貯銀行に着目しています。現在の郵貯銀行はこの分野が脆弱であり、民営化後は他の金融機関並みのコンプライアンス体制を確立するべきです。

 金融機関が過度のコンプライアンスを過剰防衛的に取ることは残念なことで、金融商品取引法が施行されて、主に銀行の窓口で投信販売の説明に2時間をかけているとか、70歳以上のお客様には一人での来店の場合には販売をしないなど、法律に書いていない上乗せ過剰防衛の仕組みを持ってきてお客様に不信感を買っているのは問題だと思います。

 このために金融商品取引法の本来の目的を理解するためのQ&A『金融商品取引法の疑問に答えます』を作成し、関連機関へ配布して周知徹底しているところなのです。職員一人一人がコンプライアンスの意識を持つことは重要なことですが、金融検査を口実に金融機関がリスクを取らないという動きは許されない、金融機関はリスクを取ってビジネスをするのが本筋なのです。

<澁谷>

 日本の銀行はリスクを取るのが商売だということですね。バブル崩壊後はリスクを取らないのが銀行という風潮がありましたが、本来は大臣のおっしゃるとおりリスクを取るべきなのですね。

<渡辺大臣>

 1940年体制のDNAによって、いつの間にか規制に安住してしまい、金融自由化を進めるべきときに自由化をしなかったために、投資機会を求めて不動産にのめり込み、リスクは取ったもののリスク管理に失敗して、その後はリスクに過敏になり過ぎるなど、統制型システムのDNAがまだ残っていると言わざるを得ないですね。この体制から脱却しなければ次の未来はないと思います。

<澁谷>

 大臣の書かれた金融商品取引法、この本は非常にわかりやすいですね。特に後半の部分の図解などは理解しやすいと思います。

<渡辺大臣>

 ありがとうございます。この本の他の解説本との違いは、なぜ金融商品取引法なのか?失敗と教訓、歴史の教訓から立ち直って貯蓄から投資へという世界に行かないといけない。
家計で蓄えた富を有効に活かさなければ、日本人は本当の豊かさを実感できませんよということを伝えたかったのです。

<澁谷>

 これからの若手銀行員、そして銀行で働きたいという意欲を持った学生に期待することや、求められることについてお聞かせください。

<渡辺大臣>

 金融機関で働くというのは、ベストの選択であったという時代が来るでしょう。 90年代に世界経済が一体化し、その後は世界の金融資産はたいへんな勢いで膨れ上がっていきました。世界の金融資産では90年に43兆ドル、2006年には167兆ドルになり3.9倍になっています。一方日本では10兆ドルが2006年には19.5兆ドルと、約2倍に止まっているのが現状です。この金融資産が拡大する中で大きな役割を果たしたのが株式の貨幣化です。つまり、株がお金の替わりをするようになったわけです。

 株で従業員のボーナスが支払われるとか、年金が株式で運用される401Kの制度、株式交換による企業買収、三角合併など、こうした株式の貨幣化によって膨らんだ金融資産を背景に、今、世界で何が起こっているかというと、食料と資源の争奪合戦の様相が顕著になってきているといえます。

 これは歴史の非連続的な現象かもしれませんが、16世紀に新大陸が発見され、金銀が輸入されて貨幣価値が増大し、その時に小麦の値段が6倍~8倍に跳ね上がり、ヨーロッパの人々が小麦や香辛料を求めて大航海時代が始まった。つまり中世が終わり近世がはじまったのです。これに匹敵するような、ポスト近代がすでに始まっているのかもしれません。

 近代の中で日本は遅れて登場した国であり、欧米を追いかけて発展した国なわけですが、気がつけば最も早くに日本が大変な目に遭っていた、一番最初にズッこけたのが日本ということなのかもしれない、ということに今まさに気が付いて、統制型のDNAを捨ててリスクを取り、リスク管理をしながらチャレンジをする。これに成功すれば巨大な1500兆円という家計の富を持つ日本は、まさにポスト近代の一番手に躍り出ることができるポテンシャルを持っているのです。

 今後、この金融ビジネスが内外のお金を日本で活用することによって、これがGDPに貢献していき、金融産業が一大成長産業になり、日本経済を牽引していく可能性を秘めているのです。ですから金融業界、銀行の世界で仕事をする若者は、最前線の現場に立つ可能性が高く、大いにこの選択が正しかったという時代が来るのです。
 一体化した世界経済の中で、この流れの中でこれから日本がどうやって生き残っていくのかを考えると、金融という世界を戦略的に育てることが一番だということに気がつくはずです。

(2008/4/16 取材 | 2008/6/6 掲載)