英国近況報告

第6回 英国の総選挙戦

4年ぶりの総選挙が、5月5日と間近に迫っています。先週、各党の公約(manifesto)が出揃い、本格的な選挙戦に突入しました。メディアは連日のように、それぞれの分野における各党の政策を論評しています。

与党労働党(Labour)のマニフェストは、112ページにも及ぶ詳細なものです。その前面に押し出したのは、1997年に政権に就いて以来築き上げてきた経済運営の成果です。労働党の今回の選挙のキャッチフレーズは、「Britain forward not back」ですが、これには、保守党(Conservative)政権下での経済失政をクローズアップして、もし保守党が政権に復帰すればまた過去のような状態に戻ってしまう、と有権者に警告を発する戦略が含まれています。労働党のテレビコマーシャルのひとつに、保守党党首のマイケル・ハワード氏が、かつて保守党政権での閣僚であった頃の姿を追いながら、それと交互に、当時の失業者や、路上での暴力的なデモなど、暗い映像をひたすら流し続けるというものがありました。こうした露骨なネガティブキャンペーンを堂々と行うのは、日本と比べても文化の違いを感じます。

もっとも、労働党が政権を維持したとしても、今後の経済運営については、成長の鈍化や財政赤字の増大など、守勢に立たされることが予想されます。そうした制約もあって、好調であったこれまでの実績をアピールすることが中心となり、これからの施策自体については目新しさが欠ける感は否めません。

世論の関心が最も集るのはやはり税制ですが、これについては、前回の選挙と同様に、所得税率を上げないことや、VAT(消費税のようなもの)の課税対象を増やさないといったことを約束しましたが、社会保険料(英国では税の一種)や法人税については明確な言及を避けました。多くのエコノミストは、政府がその財政規律を維持するためには、近く増税が避けられないものと予想しています。2002年に、その前年の選挙のマニフェストにおいて何ら予告されていなかった、社会保険料引上げという措置がとられた実績があるだけに、また同様のことが起こるのではないかという懸念もあります。

いずれにせよ、増税を掲げて選挙を戦うのは困難ですから、新たな支出のための財源としては、既存の支出の削減・効率化に多くを委ねています。現在、財務省が中心となって、210億ポンド(約4兆円)の節約を実現するプログラムが進められていますが、仮に予想より税収が落ち込んだりした場合には、こうした歳出削減だけで賄うことは難しいと考えられます。

これに対して保守党は、政府・労働党の歳出削減策は手ぬるいとして、独自にコンサルタントを雇い、政府のそれよりさらに大胆な削減プログラムを打ち出しました。保守党は、さらに120億ポンドの節約を実現し、80億ポンドを政府債務削減に、40億ポンドを減税に充てることとしています。労働党は、こうした保守党のプランを非現実的で、必要な公共サービスを損なうものだと批判しています。

保守党の政策の中で特に議論を呼んでいるのは、移民対策です。近年、外国人に対する入国管理は厳しくなっており、今回の選挙公約では、労働党も保守党も、さらなる強化を打ち出しています。東欧圏はEUに加盟して入国が自由になるのと対照的に、日本人を含む非EU圏の人間はあおりを受ける結果となっているわけですが、特に保守党の場合は、移民の年間クオータ制の導入など、ドラスティックな施策を提案し、右翼層への浸透を狙っています。しかし、既に他民族国家となっている英国において、こうした露骨な政策は、一部ではかえって反発を招いているのも確かです。

第三政党であるLiberal Democratsは、経済政策においては富裕層への増税や、住民税(Council Tax)の地方所得税(Local Income Tax)への転換といったはっきりした施策を提案し、また、一貫してイラク戦や、市民の自由を制約するIDカード等の政策に反対するなど、独自の存在感を示しています。英国においては伝統的に完全小選挙区制であり、政党間の得票率の差以上に、獲得議席に差がつくようになっているので、野党、特にLiberal Democratsのような非主流政党が多くの議席を得ることは極めて難しいといえます。それでも、多くのメディアにおいて、同党を含めた三党の政策を、分野毎に丁寧に比較・分析しています。日本でも前回の総選挙で英国に倣って各党が「マニフェスト」と称する公約を発表し、「マニフェスト選挙」などと言われましたが、やはりその本家である英国においては、政策本位の選挙戦が繰り広げられていることが興味深く感じられます。

著者:高田 英樹
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