英国近況報告

第7回 英国とEU

この年の7月より半年間、英国はEUの議長国(Presidency)を務めます。EUは現在、近年最大の危機を迎えているともいわれています。5月末から6月初めにかけ、フランスとオランダが相次いで国民投票においてEU憲法の批准を否決しました。両国はEUの母体であるEEC発足当初からの設立メンバーであった六カ国のうちの二つであり、特にフランスは、EU統合の原動力であり続けてきました。これらの二国において国民が「No」を―それも少なくない得票差で―突きつけたことは、EU憲法をほぼ死においやったのみならず、EUの統合推進に大きな打撃を与えることとなりました。ただ、英国政府とブレア首相はひそかにこの結果に胸をなでおろしているとも言われています。ブレア首相は、前の総選挙において、EU憲法の批准について国民投票を行うことを約束していましたが、もともとEUに対して懐疑的な英国民がこれを否決する可能性は極めて高く、それはブレア首相の降板を促すものになるであろうと予想されていたからです。フランスとオランダの否決は、英国政府に、国民投票を中止する完璧な口実を与えました。

しかし、これはまだブレアにとって戦いの終わりではなく、始まりにすぎません。6月16日、17日と、EU首脳会合がブリュッセルにおいて開催されました。この首脳会合における、EU憲法の取扱いと並ぶ大きなテーマは、2007年〜2013年にかけてのEU予算の枠組みです。今回、槍玉に上がった、英国に対する予算の「リベート」でした。EU予算は、加盟国のGDPの1%前後と、国家予算と比べると非常に小さな規模となっていますが、これは、EUは加盟国が独自に対処できない事項についてのみ関与するという、「補完性」(subsidiarity)の理念、特に財政面においては加盟国の自主性、独立性を尊重する政策の表れです。このEU予算の半額近くは、共通農業政策(CAP: Common Agricultural Policy)、端的にいえば農家の保護に充てられています。そのため、フランスやスペインのような農業大国はそのメリットをふんだんに享受するのに対し、農業のウェイトの低い英国は、EU財政に対して慢性的に純支出国、すなわち「赤字」の状態となっています。こうした不公平な状況に対し敢然と挑戦したのが、かつてのマーガレット・サッチャー首相でした。彼女は1984年のEC首脳会合において、英国が一定の財源の還付(リベート)を受ける特権を勝ち取り、この制度が現在も存続しています。

今回、フランスを中心に、このリベートを撤廃ないし縮小すべきであるとの声が高まりました。リベートは英国のみに適用される例外的な制度であることは確かです。また、サッチャーがリベートを勝ち取った1984年は、英国は不況の只中で、相対的な経済力は現在より遥かに低い状態でしたが、今日では、英国はEUでも最も豊かな国のひとつとなり、最近の成長率ではフランスやドイツを凌駕しています。ことに、中東欧を中心に10カ国の相対的に貧しい国々が加入しEU財政への圧力が増す中で、英国の特権が批判されるのも理解できます。

他方、英国側は、この問題について一歩も譲る気配はありません。リベートを勘案してもなお、英国はドイツに次ぐ第二の純支出国となっています。そもそもこうしたリベートが必要となっている原因は、共通農業政策における莫大な支出であり、その改革なくしてリベートを議論することはできない、というのが英国の主張です。

結局、首脳会合は予算の枠組みについて合意できないまま終了し、ヨーロッパ内の溝の深さを一層浮き彫りにする結果となりました。客観的にみて、リベートの是非はともかく、英国の唱える共通農業政策の改革には理があり、フランスは、EU財政による自国農家への手厚い保護には目をつぶったまま、英国のリベートに議論をすりかえている面があるのも確かです。もっとも、フランスのシラク大統領は、先に述べた国民投票の否決もあって、国内の支持をつなぎとめるために、対外的に強い態度をとらざるを得ないという事情もあるといわれています。英国も、さすがに新しく加入した貧しい国々にまでリベートの一部を負担させるのは不公平なので、これらの国の負担分については放棄する意向を示していますが、今後の交渉の行方については予断を許しません。

もっとも、英国のリベートはニュースにこそなっているものの、EU経済における実際の重要性は極めて低いといえます。むしろ大きな論点はやはり、EU加盟国の財政及び金融政策の枠組みです。EUはStability and Growth Pactという財政ルールを採用しており、単一通貨ユーロ加盟国にとってはその遵守が義務付けられています。その内容として、単年度の財政赤字をGDPの3%以内に抑えるといった項目がありますが、ドイツ、フランス等の主要国が連続してこの遵守に失敗し、ほぼなし崩し的にルールの見直しを余儀なくされました。また、金融政策についていえば、ユーロ加盟国の金利は欧州中央銀行(ECB)によって統一的に決定されますが、一部の国の経済が過熱する一方で、他方の国の経済が沈滞し、これら全ての国に対し有効な金利を定めることができないという、当初から予想されていた「限界」が実感されるようになってきました。イタリアなどでは、リラへの復帰を望む声さえあると言われています。

こうした状況をみて、英国のユーロ加盟はますます遠いテーマとなっていることは確かです。ユーロ圏より英国の方が経済的に好調である現在、あえてユーロに加盟する誘引がないのはもちろんのことですが、より根本的に、英国の心理的なユーロへの抵抗は根強いものがあります。重要なのは、ユーロ加盟を決める張本人となるべきゴードン・ブラウン財務相や、彼の下で働く英国財務省の人々の大半が、本音ではユーロに否定的であることです。ブラウン財務相は遠からずブレア首相の後を継ぐことが予想されていますが、そうなれば、ユーロ加盟の現実性はさらに低いものとなるのかもしれません。我々外国人にとっては、ポンドではなくユーロを使うようになれば便利ですし、少しは英国の物価の高さが是正されるのではないかという期待もあるのですが。

著者:高田 英樹
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