第3回 「1975年の案件」

昨年の所得番付のトップはファンドマネージャーでした。私は現在運用機関に勤務していますが、運用の華々しさは都心のビル開発に似て虚しいものです。特定のファンドやビルが成功しても社会全体の富が増えたとは考え難いのです。もちろん、企業が付加価値を創りだす力に比して現在のヴァリューの低い会社に投資をするのは株式投資の王道です。しかし、株価の上昇はその会社の経営陣、従業員の活動によって資産価値が増加した結果、もたらされるものです。その為には事業資金を安定的に供給し積極的な企業活動を助ける信用供与(信用創造)が不可欠です。

入行4年目(1975年)、私が関西のK支店で地元中堅企業向けの融資を担当していた時のことでした。
案件は、地元の電炉会社がH型鋼に進出する大型投資(使用総資本の2倍程の規模)で、所要資金は全額借入というものでした。メインはN銀行、準メインが地元K銀行とH信金でした。当行にとっては新規取引で、事業計画の審査は本店、貸出しはK支店が担当し、N銀行では副頭取直轄と言われていました。

本店審査部の審査調書は
「新設備は未経験の大型圧延装置であるが、S製鉄の技術支援、S商事との販売提携が約束されており、生産も販売も全く心配無くて成功は間違いなし」との評価でした。しかし、結論は、「投資規模が大きくトラブルが起きれば借入金返済に支障を生じる懸念もあるとされ、収支予想はトントン、借入金返済は資金繰り償還(借り換えを図りつつ30年を要する)になる」
という内容でした。

私が、本文に忠実に収支予想、資金収支を作り直すと7年程で全額償還される計算となり、支店長はこの収支予想をベースに融資方針を決定して本部に案件を申請しました。審査部の調書も本部に上げられ、案件は常務会に掛けられるものでした。
この時のK支店担当の本店業務部のK調整役(入行20年以上の支店長候補生で、融資、審査のベテラン)の言葉
「君、入行は何年目? 融資初めて? 会社の見方わかってるの?」
 やりとりを聞いていた課長の一言
「お前、誰と話していた・・・、案件壊す気か!今後電話をとるな!」

私は、「審査調書をお読みいただきましたでしょうか?『本文は行け行けどんどん、結論は何か起こると心配だからネガティブ。』調書本文に忠実に長期収支予想、B/S予想、資金収支を計算しただけです。問題でしたか?」と調整役に言ってしまったのです。
支店長の方針は、
「この計画が『ノー』では貸し出せる先なんて無い。銀行の存在価値も無い。 ロ卒啄君、こういう会社こそメインも獲るまでトコトンやれ!」でした。

結果は、工場実査を経て「手狭な原材料置き場の隣地買収と資金繰りに配慮して返済条件をアレンジした融資」を提案、最後発ながら二年後にはメインになることが出来ました。
当時(1970年代後半)は

世界中で、『団塊の世代』(ベビーブーマー)が新婚世代に入り、『油断』(オイルショック)の波紋が広がる等大きな地殻変動が始まっていた
日本では、新幹線、高速道路、高層ビル、住宅建設等がブームとなり、鉄鋼、化学製品等でも技術革新、新素材への代替等が進展していた
金融は、大口融資規制(一企業への融資残高制限)の導入で、新日鉄等の販売・納入業者や関連会社との信用供与が急変する等混乱していた

まさに、「変革期こそビジネスチャンス」という環境でした。
Y工業の新設備は予想以上の成果を上げ貸出金は全て繰上げ返済されてしまいましたが、メイン銀行として海外進出、オーナーの相続等のお世話をさせていただいたようです。

現在、私が付き合っているアクティブファンド(世界の最強チーム達)の多くは、数年後の企業価値(適性株価)を推定して時価との乖離の大きな企業の株に長期保有を前提に投資し、毎年事業内容の検証をして銘柄を入れ替えてリスクをコントロールしています。(売買回転率は40〜50%程度でしょうか?)一方、銀行員は、融資対象の資産がどの程度の利益を上げ、何年間で回収が可能か、その間のリスクの質と量を予想して処方箋をファイナンススキームに織り込み、貸し出しを行います。ファンドマネージャーは銘柄入れ替えでリスクをカバーしますが、銀行員は対象資産以外からは回収しない、これが原則です。
銀行の機能は5年後、10年後の経済、社会の状況を予測し、その成長に積極的に貢献(一定のリスクを共有)するものです。
私は1976年に審査部に異動したのですが、Y工業の経験から「収支予想は『人口と需要の構造的変化』を予測し、10年後の社会、5年後の取引先の状況を科学的に推理して、一つだけ行う。」この一点を鍛えることにしました。

ペンネーム  「?啄」(55歳)
1971年入行後、大口顧客・財形等の個人営業、新規開拓、企業審査、企業再建、不良債権処理等の法人営業、更に営業企画、内外の業務効率化・監査再編等の本部業務を本店、首都圏、関西圏で課長、部長、支店長、役員として幅広く担当。現在は、運用会社の役員として、資金運用、リスク管理、コーポレートガバナンスの向上に取り組んでいる。
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