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第4回 中国の戸籍・国民制度|中国ビジネス講座

著者:筧 武雄

中国の都市郊外にある工業団地に進出した日本企業が、都市部の一流大学卒で市内に居住もしくは市内企業に勤務する優秀な中国人材を幹部社員として採用もしくはヘッドハンティングしたいと考え、本人も当社勤務を強く希望したとしても、中国の戸籍制度が障害となって正社員として雇用できないというケースが従来から少なくない。ここでもし「二重雇用」してしまえば、中国労働法上、この日系企業は旧在籍企業に対して損害賠償金(転職による損害、研修費用、退職金、在籍時未払の社会保険料など)の支払が義務付けられている。

戸口(hukou)登記管理制度

中国政府は1958年1月制定の「戸口登記管理条例」にもとづく一元的な国民の戸口(よく「戸籍」と訳される)管理を実施している。中国では家族全員の生年月日、出生場所、民族、国籍等が登記記載された居民戸口簿(写真例)が各家庭に発給される。これを俗に「戸口本(hukouben)」(写真)と呼び、戸口登記された固定住所に定住する中国居民を「常住人口」という。この常住人口登記が社会主義中国の根本をなしてきたもので、現在でも戸口本にもとづいて人口計画が実施され、居民身分証やパスポートが発給されている。つまり戸口本こそが中国国籍を持つ中国公民の法的根拠なのである。

戸口登記は国籍証明や計画経済の基本単位という意味だけでなく、国民個人の定住場所の管理という意味もある。たとえば同条例では、三日間以上常住登記住所を離れて外泊する場合は、行先の現地所轄公安局に「暫住(臨時)登記」することが義務付けられている。ホテルに投宿する場合は、ホテルのフロントで宿泊登記することで足りる。さらに三か月以上、常住登記住所を離れて暮らす場合は、実態に合わせて暫住登記の延長もしくは常住戸口の移転登記が義務付けられており、これに正当な理由が認められない場合は、元の住所に戻らねばならない。もしここで、戸口登記管理機関である公安局が管轄区域内に不審滞在者を発見したときは身柄を拘束し、司法機関に提訴し、「不法滞在」の刑事責任を追及することができるものとされている。したがって、外国人といえ、正当な理由なくこれらの常住登記(外国人登録)やホテル宿泊登記手続きを無視したり、ホテル服務員(公安局職員)の指示を無視して勝手な行動をとることは、みずからの危険を招く行為となるので注意が必要である。

また、中国社会は歴史・伝統的に都市(城里)と農業(城外、外地)が明確に切り離されており、現在でも社会保険や治安維持等の面から、農業戸口から都市戸口への移転は事実上、非常に困難である。1990年代に国有企業改革が進んだ結果、かえって企業単位の管理から現住住所を軸とした居民生活全般、治安、福祉、社会保険等にかかわる分野の管理、あるいは国籍管理、計画出産や徴兵管理の重要性が増し、この戸口制度管理が中国社会制度の基盤をなす重要なシステムとして見直されている。

かねてから国務院批准級の工業団地では特例として臨時戸口登記制度(「藍色戸口登記制度」等)を設け、外部から人材を受け入れやすくしているところも少なくない。たとえば外資企業の設立が相次ぐ江蘇省では、地方から出稼ぎの労働力を確保する目的で、2003年5月から戸口移転登記制限を緩やかにする新しい戸口登記管理制度の導入試行を始めた。また北京市、上海市では、優秀な専門技術人材を新市民として市外あるいは海外から招聘するグリーン・カード(工作居住証)制の導入も試みられている。

居民身分証

戸口本が家族全員の本籍に相当するとすれば、居民身分証は成人した中国公民各個人に発行される身分証明書である。
居民身分証制度は1985年6月施行の「居民身分証条例」、86年11月施行の同法実施細則を基本法としてきたが、2003年6月に新「居民身分証法」が制定され、2004年1月1日から施行され、旧条例はすでに廃止された。偽造防止のために非接触式ICカード技術を駆使した新しい「第二世代身分証」も開発されており、すでに上海、深セン、浙江省湖州の三都市での試行がスタートしている(2005~8年にかけて全国実施)。
身分証制度は、常住戸口を持つすべての中国公民個人に対して1対1で対応する終身不変の18ケタの公民身分番号が割り当てられ、都市・農村を問わず、軍人等を除くすべての中国公民(現在9億人と言われる)は自分の常住戸口住所を所轄する公安局から居民身分証(写真例)の発給を受けなければならないというものである。

1984年までは、中国公民は国内出張の際、空港やホテルで単位工作証と紹介状(公務出張許可証)を提示し自己の身分を明らかにしていたのが、85年以降はすべて居民身分証に切り替えられた。この背景には、国有企業改革に伴い、私企業や自営業が多数発展し、「民工潮」と呼ばれる農民の出稼ぎによる人口の流動化が益々増え、失業者も増加した結果、結局、集団・企業単位だけでは全国民を管理しきれなくなったという社会的な背景がある。 同条例は中国公民に身分証を常時携帯することを義務付けており、役所の諸手続きにおいて身分証提示が必要なほか、日常生活でも就職面接、航空券など切符購入、ホテル宿泊、銀行口座開設、送金など様々な場面で呈示が必要である。また、犯罪や事故現場等での公安局の身分証検査にも随時応じなければならない。
中国の刑事訴訟法では、訴訟の時点で公安局は身分証を没収することができるものとされている。居民身分証を持たない外国人の場合はパスポートを簡単に差し押さえられてしまう。法人の場合は営業許可証を没収され、銀行口座を凍結されることになる。ただし、商取引や雇用関係など、私的取引上の理由で居民身分証を差し押さえる行為は違法行為であり、処罰の対象となる。たとえば中国系、韓国・台湾系の企業では従業員の身分証を会社が身元担保として預かる習慣が一部にあるが、これは違法行為である。
ちなみに、戸口本の再発行が厳しいのに対して身分証の再発行は比較的容易であり、同時に市中にかなり多くの偽造品が出回っているようである。都市の広場や大規模書店前では、大学卒業証書や身分証など証明書類偽造の請負業者がたむろして「客引き」している風景がよく見られる。

その他

上記の2制度が軍人と公民権を剥奪された服役中等の者を除く全国民に該当する中国の基本的な国民制度であるが、このほかにも多くの身分証明書が存在する。

契約調印前の確認事項
(1) パスポート(護照)
(2) 離休・退休幹部証(いろいろな福利厚生優遇が受けられる)
(3) 労働手帳(工作証)
(4) 運転免許証(駕使証)
(5) 母子手帳(生育証)、結婚証(男女同泊時等に必要)など

業務上、特に注意を要するのは労働手帳である。国有企業等中国の職場では職員の労働手帳を会社で預かる仕組となっており、逆に失業中の者は労働手帳を持参して失業保険を受け取る仕組になっている。したがって面接の際に労働手帳の呈示を求めれば、他の中国企業等に勤務していないかどうか(失業中かどうか)を確認する手段にもなる。
外資系企業のなかには労働手帳の存在すら知らない企業もあるので、実際には外資系企業に勤務しながら失業手当を不正受給する目的で、労働手帳を外資企業に故意に預けないケースもあるので注意が必要である。前の職場で離職手続き中のために労働手帳が確認できない場合は、前の職場に依頼して離職証明を発行してもらうこともできる。