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欧州危機の根源⑤欧州危機とその行き着くところ

著者:リッキービジネスソリューション株式会社 取締役 市島 慎ニ

第1 回より、「第二次大戦後の世界経済」「通貨体制」「ソ連の崩壊から始まるグローバリズムの潮流」「通貨ユーロの誕生」「世界金融化の行き着いた所」という流れでお話をしてきました。前回はサブプライム問題の発生から欧州への飛び火、アメリカ主導のグローバリズムによる社会構造の変化をテーマとしましたが、今回は「欧州危機とその行き着くところ」と題してEU の抱える矛盾・現在欧州が向かっている方向・今後の日本についてお話ししたいと思います。

【欧州危機】】
2010 年に始まる欧州危機(通称ユーロ危機)とは、金融危機なのか、ソブリン(ギリシャ、スペインなどいわゆるPIIGS諸国)債務問題なのか、ユーロという通貨問題なのか、ひいてはEU という地域統合体の存立に係わる問題なのかを明確に意識して考えなくてはならないでしょう。

問題発生の経路

 既にお話しした通り、リーマン以後のアメリカ金融政策の主軸はQEI,II,III,TARP、低金利政策などにはっきりと見られますが、リセッション回避、金秩序維持を目的とした(超)金融緩和です。その結果として更に大量の米ドル流動性が生み出され、それが世界を駆け巡ったのです。

 長らくアイスランドは金融立国を目指して相対的な高金利を維持し、外国発の資金を積極的に呼び込む政策を実行していたのですが、リーマンショックを目の当たりにした投資家が一斉に、アイスランドに流れていた資金(主にヨーロッパ、イギリスの金融筋の資金)を引き上げ始めました。そこでアイスランドの銀行が立ち行ゆかなくなり、国による救済といったどこかで見たような《金融機関の問題→国の信用力の問題→通貨問題(アイスランド通貨のクローナ)》まで一気に到達し、IMF による救済国になりました。いわば倒産して会社更生法入りする状況まで追い込まれたのです。

 次にアイルランドです。アイルランドはユーロ通貨国ですから、問題はユーロに関わります。同国はユーロの利点を最大限活用し、ビジネスに有利な税制を前面に、世界のファンドビジネスを積極的に呼び込んでいましたが、これが不動産バブルを起こし、リーマンで破裂しました。同様にイギリス・スペインなども個人住宅関連(residential mortgage)がバブル状態になっており、不動産価格は急低下しましたが何とか凌いで今日に至っています。

ギリシャ危機

 次がギリシャです。発端は、ギリシャがユーロ通貨圏参入に必要な財政規律を守っていなかったにもかかわらず、インチキして対外債務の過小表示をしていた(※注1)ことです。毎年の財政赤字問題は隠しようがなかったため、そのことは周知の事実でしたが、対外債務がはるかに多く、そもそもユーロ参加資格を満たしていなかったということが判明したことで、一挙に信用は失墜しました。ギリシャ政府発行の国債の信用力は地に落ちて、いわゆるギリシャ危機が勃発したわけです。

 同様に、ユーロ建て対外債務を抱える域内国( ポルトガル・スペイン・イタリアなど) の問題も取り沙汰されるようになり、国債価格は下落し、新発債(新規発行分の国債、多くは借り換え分)の発行条件が厳しくなりました。つまり、金利を高く設定しないと売れないようになったのです。

 さらなる問題は、欧州の銀行がそれらの国の国債を大量に保有していることです。このことから欧州(主にドイツ・フランス)の銀行を中心に、財務体質の健全性が問われることになりました。これが相当厳しかったのは確か2011 年の終わり頃でした。イギリスの銀行も当然巻き込まれ、市場性の資金調達に支障を来し、日繰り、期越え資金の確保に真っ青だったと思います。これに対しECB(ヨーロッパ中央銀行)が大量の短期、長期(3 年もの)資金を銀行へ供給して事なきを得たというの が2012 年暮れから2013 年初にかけてのことでした。

 この一連の流れは、ヨーロッパ金融機関の不良債権問題(多量のPIIGS 国の国債、不動産関連)から欧州諸国による金融機関への公的資金注入の必要性へと広がり、さらに支援する国のソブリン問題へと発展するといったつながりをみせました。もしこれが全面的に火の手を上げてくると通貨ユーロの信任問題へと波及する訳ですが、銀行への公的資金注入とドラギECB総裁の導入したLTRO(当シリーズ①参照)で食い止めたと云って良いでしょう。LTRO の終了期限は2015 年、16年です。

(※注1)アメリカの某超一流インベストメントバンクの指南の下に行われのだが、日本のインチキ年金運用みたいなケチなものではなく、金融デリバティブを使った合法、壮大なものである。取引形態自体には問題は無いが、表示しないという当時のギリシャ政府の判断に問題があるのではないだろうか…。

EU とEMU の抱える構造的欠陥と矛盾

EU、EMU の発足

 通常、通貨は一国に一通貨の体制が原則です。これは国という単位の独立性と一体不可分の存在として通貨が存在するからです。通貨発行権と通貨政策は一国の独立性(政治・経済・民族・文化的な意味合いを含む)の裏付けとして重要であります。したがって通貨ユーロというのは当然、一国の独立性・独自性の制限に結びつくし、通貨に限れば独立性の否定になります。

 しかしながら、EU 欧州連合体(マーストリヒト条約1993 年)の発足、そして「一国一通貨」をやめ、「一地域一通貨」にするというEMU ヨーロッパ通貨同盟の誕生は、紛争の絶えなかったヨーロッパを、戦争のない地域にしたいという崇高な動機から始まったことであり、連合体の運命共同体的発展を実現したのです。

EU、EMU の欠陥・矛盾

 その点を踏まえて、欠陥・矛盾として挙げられるポイントを3 点ほどに絞ってお話しします。

①域内システムとして経済的地域間格差が是正されにくい
EMU 地域内で得た税収の再配分が域内では行われず(国が違うため)、参加国間の発展差を抱えたまま固定レートの下で経済が運営されることです。

②各国の経済サイクルが異なる
EU 圏内の国ごとに経済サイクルの違いがあるにもかかわらず、統一的金融政策がEMU 諸国に適用されることです。ドイツが不景気で景気刺激策が必要だったとき、ドイツの都合で金利引き下げが行われたことがありました。しかしアイルランドなどは好況下にあり、刺激よりも利上げ・減速が望まれる状況だったにも関わらず金利の引き下げが実行されたことで、大量の短期的資金がアイルランドに流れ、不動産を中心とするバブルが発生したのです。このように経済サイクルに差があるときにうまく対応でき、EMU 諸国があたかも一国のようにとはならないのが現体制です。

③規律重視度が異なる
金融機関の正常な運営破綻から生じるシステミックリスク(注2)回避のために不可欠となる公的資金の備えが必要となった際、ドイツが主張するような国家財政規律重視の姿勢と真っ向からぶつかり、対応が出来なくなる、ないしは遅れる・少なすぎる(“too little, too late.”アメリカがよく使う常套句)ことが起こりつつあるということです。このような状況・問題・矛盾を認識すると、究極的にはユーロの分裂かユーロ共通債発行を含む財政統合の実現の二者択一という、極めて難しい選択を迫られることになると思います。

(※注2)1つの金融機関や証券会社の決済不履行がドミノ倒しのように他の金融機関や証券会社に波及し、決済システム全体あるいは金融システム全体を麻痺ないし倒壊させるようなリスク。

どのような対応策がとられてきたか

 それでは、このような危機に対して実行されてきた対応策についてお話しします。

EU・EMU の欠陥への対応策

① ECB の対応
ECB( ヨーロッパ中央銀行) は域内銀行に対して大量の流動性供給をしてきました。金額は1兆ユーロ( 約140 兆円規模) で、当初はその半分くらいから始まり、融通する資金の返済期間も1年以内だったものを倍増、さらに3 年物の資金を大量に放出して現在に至っています。それと同時にECB による問題国の国債の買い入れを行ってきました。これはドラギ新総裁の手腕によるところが大きいでしょう。さらに銀行の預金準備率も引き下げ、マネタリーベースの増加を図ってきました。市中にお金が出回るように、最近では金融機関によるECB 預け金にマイナス金利をつけるというようなことまで実行しています。

② ESM の設置による資金調達
2012 年10 月、ESM( 欧州安定メカニズム)を7000億ユーロ(100 兆円) 規模で設立しました。この資金は銀行救済や問題国の国債買い上げなどに使われます。

③ EFSF の立ち上げによる資金調達
EFSF( 欧州金融安定ファシリティ) の立ち上げで、民間資金の活用( 参加) を前提に、水面下では欧州各国の保証をつけ、民間は安全と思われる上位債権( シニア- ポジション) のところを貸し付けるといった構造( 以前お話ししたようなCDOなだと同じ構造です) で、日本政府も融資を迫られOKしました。規模は600 億ユーロで(8 兆円プラス)、ESM が本格稼働できるまでの暫定措置です。このお金も銀行対策、国債買い支え資金です。これはIMF 融資等とだきあわせになり、合計最大7500 億ユーロ(100 兆円超)の緊急融資が受けられるというものでした。

④財政規律の縛り
最近よく新聞などで取り上げられていますが、EU 各国に求められる財政統合へのより厳しい財政規律の縛りです。これはドイツのメルケル首相が主導で、フランスのサルコジ前大統領が応援団だったことから「メルコジ」と揶揄されていました。フランスの大統領がオランド氏になってからは若干一辺倒ではなくなってきましたが、まだまだドイツの態度は変わりません。

メルケル首相(左)とサルコジ前大統領

⑤ IMFに対するユーロ圏資金援助要請について
 最後にIMF に対してユーロ圏へ資金援助をお願いするということです。アメリカの本来の考え方は批判的です。「そもそもIMF は途上国などのBP(balance of payments) 問題、すなわち国際収支問題解決のための組織であって、先進諸国の国内問題のためにあるのではない」という基本的立場からといえるでしょう。自助努力をしてもらう場合、今はユーロ圏共同債の発行への基盤づくりをするべきで、実際それはじわじわと行われていると思います。
 しかし実際にIMF の支援が用意されていることは、やはり問題の深刻さの故と思います。(過去に何度か日本は銀行間取引においてジャパンプレミアムとか言われて、ずいぶん高い金利を欧米の銀行からかぶされ、いやな思いをさせられました。そんな時でもIMF の支援がどうのと言う議論は全くありませ んでしたが…)

ユーロ圏共同債では財政規律の締め付けが厳しくなる

 共同債というのは、ユーロ建ての国債を各国単位で別々に発行するのではなく、ユーロ圏諸国による保証(連帯保証)の裏付けをつけて、あたかも一国の国債という形で発行しようとすることです。それぞれの国の信用力が違うにもかかわらず、共同債にすると発行条件が均一となり、経済的に強い国は損を、弱い国は助けられる(得をする)結果になります。しかしこれを実現すると、比較的弱い側の国々は、他国の干渉、すなわち財務規律の締め付けという形で縛られ、思うように国債を発行できないというマイナス面があります。

欧州共同体・日本が現在向かっている方向

メルケル路線が向かっている方向

 欧州共同体を巡る現在の大方針、道筋はいわばメルケル路線です。財政規律の厳格化、財政統合への前進を通じてユーロを守りきり、銀行不良債権問題や資金引き出し(キャピタルフライト)を中心とする金融危機を公的資金注入で凌いで、なんとかヨーロッパ経済沈没を回避しようということです。このような方針によるEMU 維持、欧州危機回避には相当の「痛み」を伴い、たとえば問題国への厳しい締め付け、問題国内のデフレ深化、マイナス成長、社会不安、極度の失業問題など深刻な状況に立ち至る可能性があります。世界全体の潮流は、世界的に失業問題を抱えながら、(ごく最近までの日本のように)欧州銀行の抱える問題債権(CDO サブプライム関連、不動産、南欧国債)処理を進めなくてはならないわけです。そのベースを確立するため域内銀行の統一的審査、検査基準を作り上げ統一した尺度での銀行の健全性判断が出来る様な体制ができあがりました。これは大きな一歩と考えられます。

 又、国内生産回帰、輸出倍増計画などを米国のごとく進めている状況のもと、ユーロ圏も同様の問題を抱え、域内輸出競争力の増進を図る必要性に駆られています。メルケル路線が成功するためのハードルは相当高く、たとえば欧州共同債発行、相当額の財政トランスファー、多民族・多文化共生主義への批判=極右などの抑制などをせねばなりません。しかしそれはあまり現実的ではなく、むしろ「グローバリズム反転」が起こりつつあると思います。また、通貨調整手段のない国の金融、財政政策には限界が多いことも頭に入れておかねばなりません。

日本のアベノミクスと今後

 ここで通貨について触れておきましょう。このデフレの恐怖、雇用問題の深刻化しつつある世界情勢化では、明らかに通貨切り下げ方向は歓迎されるでしょう。過去(1929年大恐慌) の教訓から、切り下げ競争は慎むと思われますが、日本が現在の安倍政権下でのリフレーションポリシーにもかかわらずデフレ状況から脱却できなければ再度、円高方向への圧力が掛かってくることが考えられます。(直近は円安が行き過ぎだなどという論調があらゆるメディアで出てきますが、全体の仕組み、世界の構造的変化などを踏まえずして短絡的に、その時の相場の流れをみて感情的に反応するのはあまり賢くないと思います。) これが持続すると、産業空洞化の一層の進展、貿易収支赤字継続、第一次所得収支減少などから経常収支マイナス傾向が定着し、ヘッジファンドの餌食になる…ということが現実に起こるでしょう。円高どころではなく、深刻な不況と投機的売・・・・・・られ浴びせ(先物中心)による通貨切り下げが起こり、輸入財の価格は円ベースで高騰し、国民生活のさらなる負担となってのしかかる可能性があります。日本はデフレを脱却して、豊富な生産能力を維持し、将来の健全で持続可能な成長を確保する方策を必死に模索・実行することが肝要です。

 アベノミクスはその方向に沿った経済政策と評価できますが、片やリフレーション政策を実行しながら、もう一方で増税を敢行しなくてはならない( いわばアクセルとブレーキを同時に、それも相当激しく踏み込む) という、スピンするかも知れない危険を冒そうとしているわけです。すでに消費税率8%へは実行されてしまった訳ですが、次のプラス2%はデフレ脱却の腰折れを引き起こすリスクが相当高く、財務省念願の“増税ラッシュ”は危険だと思います。(黒田日銀総裁は「2% の追加 アップをしないと、日本国債の信用が失墜するという世界マーケットでの信用リスクを冒すことになるので、上げな・・いことのリスクは高すぎる。」と著者の言っていることと真逆のことを仰っておりますが、皆さんどのようにお考え、お感じになりますか?)

 世界的な経済政策課題は、雇用吸収力アップ、すなわち製造業の育成、工業生産物(最終製品というより中間生産物、資本財など日本の得意とするもの)の輸出促進なのです。そういった意味でも日本にとって、地方経済力の底上げ、それに対する財政的・制度的誘導措置は非常に重要です。地方再生という現政権の方向は全く正しいので、あとは意味の少ないバラ撒きや箱物、インフラ頼りの建設プロジェクトなどを行わず、真に地方における産業基盤(第一次産業も当然含まれる)の滋養・強化に徹することが、将来の日本に絶対必要だと言わざるを得ません。 これをもって、終講の辞といたします。ご精読ありがとうございました。

◆市島慎二(いちしま しんじ)
日本興業銀行常務、みずほ証券副社長、アジア開発銀行財務局長、ロイヤルバンクオブスコットランド日本会長など国内外の金融の要職を経て、現在はリッキービジネスソリューション株式会社の取締役を務める。