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第7回 未実現利益の消去は譲渡の相手先によりどのように変わるのか | 銀行員が知っておきたい会計話

著者:公認会計士 井口 秀昭

売却益を計上しかつ将来キャッシュフローも取り込めるか

いくつかの事業を抱える会社の業況が悪いとき、その中のある事業を売却することにより、会社を再建をしようということがよくあります。こうした場合、売却する事業は売却して利益が出なければ意味がありませんから、収益力の高い事業を手放さざるを得ません。一方、収益力の高い事業を完全に会社の外に売却してしまえば、今後その会社の将来キャッシュフローは減少してしまいますから、できるだけ外には手放したくないとも考えるでしょう。こうしたジレンマがあるとき、事業の売却益を出しながら、その事業の将来キャッシュフローも会社グループの中に留めておくことはできないかという虫のいい考えが起きるのも人情です。そんなとき、売却先を完全な第三者ではなく、連結グループ内の会社にしたらどうだろうかという案が浮かびます。そんなうまい売却先があるのでしょうか。

連結グループ内の取引で生じた利益は、連結上は未実現利益ということになり、消去しなければなりません。ただ、その消去の方法は一律ではなく、取引を行った会社の連結内における位置づけの相違により変わってきます。今回はこの未実現利益の消去が取引の相手方の相違により、どのように変わってくるのかを説明します。

設 例

【1】(1)の親会社A社は現在2,000の債務超過の状態です。この債務超過状態を脱するために所有するいくつかの事業のうち、含み益がある甲事業を売却することにしました。甲事業の帳簿価格は1,000ですが、事業価値は4,000と評価されました。この含み益 3,000を実現するためには、この甲事業を誰かに買い取ってもらわなければなりません。甲事業を買い取る会社をB社とし、B社の貸借対照表は【1】(2)のとおりであったとします。B社資産4,000のすべては現金ですから、A社から甲事業を現金を対価に買収することにします。

A社が甲事業をB社に売却したあとのA社・B社それぞれの個別貸借対照表は【2】のようになります。(1)はA社です。資産は甲事業資産の簿価1,000が減少し、現金が4,000増加しています。他方資本勘定は甲事業を譲渡した営業譲渡益3,000が計上されます。A社単体とすれば、この譲渡益3,000を計上したことにより、債務超過を解消することができました。甲事業を現金で買収したB社の貸借対照表は(2)のとおりです。資産は甲事業資産が4,000増加し、現金が4,000減少して、その中身は変っていますが、資産合計や負債や資本勘定は買収前と変わっていません。A社、B社の個別貸借対照表はこのようになります。単体で見れば、A社は債務超過が解消できましたから、これで解決ということになります。しかし近年、経営成績は単体ではなく連結で判断します。A社とB社でこうした取引を行ったとき、問題はA社の連結財務諸表がどうなるかです。A社の連結財務諸表はA社とB社との関係度合いによって変わってくるのです。それを【3】に示しています。

譲渡相手先が子会社の場合は未実現利益を全額消去

まず、B社がA社の連結子会社である場合です。親会社の連結子会社に対する売却取引は連結で見れば、同一会社内の内部取引であり、そこで生じた利益は未実現利益ということになります。その未実現取引は連結財務諸表上は消去しなければなりません。したがって、親会社A 社に生じた譲渡益3,000はB社の所有する甲事業資産と消去されなくなってしまいます。その結果、A社の連結財務諸表は(1)のようになります。この場合は甲事業資産の売却取引そのものがなかったことになるのですから、甲事業資産の含み益は連結上は実現していません。その結果、A社単体としては、子会社への甲事業資産の売却により債務超過を脱することができても、連結上の債務超過は解消できないことになります。

譲渡相手先が関連会社の場合は未実現利益のうち持分相当額を消去

次は、B社がA社の持分法適用関連会社である場合です。持分法が適用される関連会社は、連結子会社のようにその資産・負債を親会社に合算しませんから、連結貸借対照表は【2】(1)のA社単体の貸借対照表が基本となります。ただ、持分法においても、親会社と関連会社との間の取引は内部取引であり、取引に伴い生じた利益は未実現利益になります。未実現利益ですから、連結上は消去が必要になります。ただ、連結子会社の場合は未実現利益は全額消去しましたが、持分法適用の関連会社の未実現利益は親会社の持分比率に相当する金額を消去します。今回の設例でいえば、親会社の関連会社に対する持分比率は49%ですから、内部取引で生じた親会社の譲渡益3,000の49%分の1,470の譲渡益を消去しなければなりません。そうすると、連結上の譲渡益は1,530ということになります。その結果、連結上の資本勘定はマイナス470ということになり、この場合においてもやはり連結の債務超過は解消できないということになります。

譲渡相手先が連結外部であれば、譲渡益が100%実現する

最後に、B社がA社と連結上関係ない会社である場合です。ここでは一応A社のB社に対する持株比率は14%としました。14%であれば、B社はA社の持分法適用にもなりませんから、A社は連結財務諸表を作りません。【2】(1)のA社個別財務諸表がそのままA社全体の経営成績ということになります。したがって、A社がB社に売却して実現した甲事業資産の譲渡益3,000は全部A社の資本勘定に算入されることになります。この設例では、このケースにおいて初めてA社の債務超過が解消されることになるのです。

譲渡益と将来収益の取り込みはトレードオフ

含み益のある資産なり事業を譲渡して利益を実現しなければならないという場合、そうした資産なり事業は収益性の高い優良なものであるわけですから、売却して利益を実現して、なおかつその後も譲渡した相手方の会社に対し影響力を残せれば、それに越したことはありません。しかし、連結決算ではそんないい話はないのです。連結子会社に譲渡すれば、その連結子会社に対する支配力は継続し、今後の子会社の利益を連結決算に取り込むことはできますが、その譲渡益は全額消去されてしまいます。持分法適用関連会社に譲渡すれば、その関連会社に対する影響力を維持し、今後の関連会社の利益をその持分に応じて連結決算に取り込むことができますが、その譲渡益の持分に相当する金額は消去されてしまいます。子会社にも関連会社にも該当しない会社に譲渡したとき初めて、その譲渡益が連結上全額認められることになります。ただ、そのときには譲渡した事業から生じる今後の利益を親会社に取り込むことはできなくなります。

このように、事業の譲渡益の取り込みと、譲渡した事業の譲渡後の将来の収益の取り込みはトレードオフの関係にあります。会社の再建に際してそのどちらに重点を置くかで事業譲渡の相手方を選択することになります。

【1】 甲事業譲渡前の貸借対照表

(1)親会社A社の貸借対照表
総資産
(内甲事業資産
10,000
1,000)
総負債 12,000
資本 △2,000
(注) 甲事業資産の事業価値は4,000と見込まれる

(2)親会社から甲事業資産を購入するB社の貸借対照表
総資産
(内現金
4,000
4,000)
総負債 4,000
資本 0

【2】 甲事業譲渡直後の貸借対照表

(1)甲事業譲渡後の親会社A社の貸借対照表
総資産
(内現金
13,000
4,000)
総負債 12,000
資本
(営業譲渡益
1,000
3,000)

(2)甲事業資産購入後の関係会社B社の貸借対照表
総資産
(内甲事業資産
4,000
4,000)
総負債 4,000
資本 0

【3】 甲事業譲渡直後のA社の連結財務諸表

(1)B社がA社の子会社である場合(A社のB社持株比率100%とする)
総資産
(内現金
(内甲事業資産
14,000
4,000)
1,000)
総負債 16,000
資本
(営業譲渡益
△2,000
0)
B社はA社の子会社ですから、【2】の(1)と(2)の財務諸表を合算します。しかし、親会社の子会社に対する譲渡は連結上消去されますから、親会社A社で生じた営業譲渡益3,000は子会社B社の甲事業資産から控除されます。(なお、ここでは分かりやすくするために、A社の子会社株式とB社の資本勘定の相殺消去はしていません。)
したがって、子会社に事業を譲渡しても、連結上譲渡益は実現せず、A社の債務超過額は譲渡前と変わりません。

(2)B社がA社の関連会社である場合(A社のB社持株比率49%とする)
総資産
(内現預金
11,530
4,000)
総負債 12,000
資本
(営業譲渡益
△470
1,530)
B社はA社の持分法対象関連会社であることから、連結財務諸表では関連会社であるB社の資産・負債は合算しません。ただし、B社に譲渡して生じたA社の営業譲渡益3,000のうち、A社のB社持分比率である49%相当の1,470は控除します。
この場合は持分相当分の譲渡益が控除されるため、債務超過額は圧縮されるが、債務超過状態を脱するまでには至りません。

(3)B社がA社の子会社でも関連会社でもない場合(A社のB社持株比率14%とする)
総資産
(内現預金
13,000
4,000)
総負債 12,000
資本
(営業譲渡益
1,000
3,000)
B社はA社の子会社でも関連会社でもありませんから、B社はA社に連結されません。したがって、A社の個別財務諸表がそのままA社の連結財務諸表になります。
ここに至って、譲渡益は100%実現し、債務超過状態を脱することができます。