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京都信用金庫 理事長 増田 寿幸 氏インタビュー

21世紀のコミュニティ・バンクを目指して~地域社会の社会的紐帯を育む~

聞き手:リッキービジネスソリューション株式会社 代表取締役 澁谷 耕一

1970年、42歳という若さで京都信用金庫の理事長に就任した榊田喜四夫氏(故人)は、長年「信用金庫とはどうあるべきなのか」というコミュニティ・バンク論を唱えておられました。
榊田理事長の唱えたコミュニティ・バンク論は、現在の地域金融機関に求められているものではないかと思い、今回は、その榊田理事長の想いを受け継ぎ、理想のコミュニティ・バンクの実現に向けて取り組む、京都信用金庫の増田理事長にお話をお伺いしました。

<澁谷>

「金融サービスを通じて地域社会に新たな社会的紐帯、人々の絆を育むこと」を社会的使命とする京都信用金庫、及び増田理事長の経営理念についてお聞かせください。

(増田理事長)

私たちは1970 年に「コミュニティ・バンク宣言」を発表しました。そのあとのバブル期には京都の地価も乱高下し、1980年代後半から1990年代にかけては様々な問題に直面し、翻弄されていました。金融システムの問題が一段落した2005年頃に、私たちもようやく落ち着きを取り戻し始めました。当時、私は副理事長でしたが、その頃に策定を始めた2007年の中期経営計画が一つのターニングポイントになりました。

「21世紀のコミュニティ・バンクを目指して」という中期経営計画を策定しましたが、テーマとして「地域社会に新たな社会的紐帯、人々の絆を育むことが我々の使命である」と掲げました。「21世紀のコミュニティ・バンクとは何をするのか」を議論した結果の答えが「地域社会に社会 的紐帯を育むこと」だったのです。

東京都民銀行  取締役頭取 柿﨑 昭裕 氏

▲京都信用金庫 理事長 増田 寿幸 氏

私は、当時の理事長が「取引先の社長は元気やけど内心は孤独なのでは」と言ったことを鮮明に覚えています。私はこれを非常に重要な社会問題だと感じました。当時はリーマンショックが起こる前のグローバリズム全盛期であり、勢いのある企業は海外で利益を上げ、国内は諦めているような状況でした。国内では「非正規雇用」や「氷河期」といった言葉があふれ、多くの中小企業の経営者が悩みを抱えていました。また、家庭内の暴力事件なども急増しているように感じました。

私たちは「社長は孤独である」と思われる背景や、信じ難いような家庭内暴力事件が起きる背景が同じ問題に行き着き、世の中がグローバル化で華やかになる一方で何かが失われていると感じていました。そのような中、京都大学の先生から「社会の人と人との繋がりが希薄化し、社会的紐帯が劣化しているのです」と教えていただきました。さらに「今こそ信用金庫の出番ですよ。協同組織というのは、二宮尊徳の時代から絆のようなものを育むことが使命でした」と教えられ、私たちは「21世紀のコミュニティ・バンクとは絆づくりをすることだ」と思ったのです。他の株式会社である銀行と私たちの違いを聞かれれば、そこに違いがあるべきだと思いました。

また、当時の金融監督庁から「リレバン(リレーションシップバンキング)」という考え方が発表されましたが、私たちはリレバンという言葉を聞けば聞くほど、違和感がありました。リレバンとは、金融機関とその顧客の間のリレーションシップを育むことだと理解しましたが、私たちはそうではないと思ったのです。金融機関と顧客の間だけではなく、社会のそれぞれの人たちの間で紐帯が劣化していることこそが問題であると捉えていたからです。

2008年、私が理事長に就任すると、リーマンショックが起きましたが、その際、アメリカの経済学者ジョセフ・ユージン・スティグリッツ氏が「金融資本主義は自分勝手であり、これからの資本主義はその点を改めなければならない」というような意味のことを主張したことに、非常に心を打たれました。私たちは「その通りだ。『絆づくり』という考え方は決して間違っていない」と思ったのです。関西では、近江商人の三方よしの考え方が色濃く残っています。また、京都には大丸百貨店の「先義後利」のような家訓のある家がたくさん残っています。リーマンショックを経験することで、改めてそのような考え方が大切であることを痛感し、私たちは意を強くしました。

「絆づくり」を経営理念とする私たちは、コミュニティのための金融機関であって、21世紀においては特に「絆」「社会的紐帯」を形成することが使命だと思っています。

すべては「絆づくり」から始まる

<澁谷>

事業性評価に対する取組みについてお聞かせください。

(増田理事長)

私たちは「絆」「社会的紐帯」をつくり、それを金融でどのように対応するかだと思っています。金融とは、融資を実行し、その対価として金利をいただくビジネスですが、それ自体が「社会的紐帯」をつくるわけではありません。「事業がどのような利を生んで、どのような展開になっていくのか」、つまり、お客様の事業を理解し、その理解が正確であって初めて事業として成立します。「人を理解する」「お客様を理解する」には、お客様との間である種の信頼関係ができていなければなりません。また、お客様の仕入先や販売先など、様々な関係の人たちと社会的紐帯を太くすることによって、商売が繁盛するのです。私たちの場合、事業性評価という観点よりも「人と人との関係のようなものを形成していく」ことから入り、お客様を支援したいと思います。

 金融庁が仰る「持続可能なビジネスモデル」に関しても、「売り手よし」「買い手よし」「世間よし」という、まさに近江商人の三方よしの条件が成立していなければなりません。融資を実行するために、お客様の事業を評価するのでもありません。目の前のお客様が何をしようとしているのかを正確に理解すること、お客様が孤独で悩んでいる場合には仲間を紹介することなど、すべては「絆づくり」から始まります。私たちの事業性評価に対する取組みは、「絆づくり」を通して、お客様が何を行い、何を目指しているのかを理解することにポイントがあると思います。

創業支援「ここから、はじまる」

<澁谷>

創業支援の取組みについてお聞かせください。

(増田理事長)

私たちは「お客様の悩みを聞けることを価値とする」という考え方のもと動いていましたが、特に創業して間もないお客様に対する融資が中々実行されないことに問題を感じていました。そこで、「創業支援をしっかりやろう」と言い、「ここから、はじまる」という創業支援専門の商品を作りました。しかし、専門商品を作っても、すぐにはうまくいきませんでした。その理由は、「絆づくり」がうまくいっていなかったからなのです。

当時、創業支援がうまくいかない理由を聞いて回ったところ、創業者のインタビューに苦戦していることが判明しました。つまり、創業者は人に事業を説明することに慣れていないため、私たちが話を聞いても疑問に感じることや、内容を理解するのが難しいと感じることが多く、既にお取引のあるお客様より対応が難しいと感じていたのです。しかし、「絆づくり」を宣言し、お客様のことを一番理解しようとする金融機関であるならば、これを集中的に取り組むべきだと思いました。創業というステージにおいて、お客様の話をしっかりと聞くことができる金融機関になることが、「絆づくり金融」のポイントだと強く意識しました。

ビジネスマッチングは「絆づくり」のきっかけ

<澁谷>

ビジネスマッチングにも精力的に取組まれているとお聞きしました。ビジネスマッチングを始められたきっかけについてお聞かせください。

(増田理事長)

最近、若い世代になればなるほど、人の懐に飛び込んで、その人の考えや悩み事を聞くことが不得手になっているように思います。その理由の一つには、デジタル技術の発達が考えられ、それが若い人の対話能力を劣化させているのではないでしょうか。つまり、人と面と向かって言 葉のキャッチボールをできない若者が増え、何でもメールで済ませようとしますが、それでは相手方の表情や仕草から何かを理解するということが出来なくなってしまっています。これは、私たちの営業職員にも同様に言えることで、私たちがビジネスマッチングを始めたきっかけは、そこにあります。

私たちから何も提供するものがなく、お客様から一方的に何かを教えてもらうことは、相当の話術を持っている人でも難しいでしょう。お客様と深い会話をするには、相手の困り事や問題意識からさや寄せしていくことが一番ですが、それを抽象的に教えても、若い世代には伝わらないため、お悩み相談を目的にビジネスマッチングを始めたのです。

コミュニティ・バンクとは「コミュニケーション量を増大させる金融機関」

<澁谷>

創業支援もビジネスマッチングもすべて「絆づくり」の考え方が根本にあるんですね。その他に大切にされている考え方や取組みはありますでしょうか。

(増田理事長)

私たちの宣言する「絆づくり」「社会的紐帯を形成する」とは端的に言えば、「コミュニケーション量を増やす」ことです。私たちは、人と人とが会話する機会が減り、さらには家庭内での会話量が減っていることを問題と捉えていました。「職員同士の絆づくり」「お客様との絆づくり」など、すべての根本は対話にあります。コミュニティ・バンクとは「コミュニケーション量を増大させる金融機関」なのです。

この数年間、ダイアログの研究会として、社員を集めた社内勉強会を何十回も開催し、議論を重ねてきました。また、社外にファシリテーションの研究家がいると聞けば、その方を訪ねて、話を聞いたりもしました。私たちは、それほど対話技術というものに強い関心を持っているのです。近年、アメリカでも、大学生の共感能力が10年間で40%劣化しているというアンケート調査結果が出ています。アンケートでは、さらにアメリカの大学生の70%が「対話が不得手」「メールで済ませたい」と回答しているようです。「対話が不得手」と回答する理由には、「対話の場合はすぐに返答しないといけない」「会って話をするのが面倒くさい」などが挙げられており、デジタル技術の発達が若い世代の対話をする場や時間、機会を奪っているように見えます。これは日本でも同様に起きている問題ではないでしょうか。

私たちは小学生ぐらいから、もっと意識的に対話技術を向上させるようなプログラムが必要だと感じています。そして、金融機関はそのようなことに一番敏感であるべき職種です。しかし、現代では多くの銀行がFace to Faceのやり取りを減らしています。例えば、FinTechを活用して財務データを把握し、それに応じた借入枠を設定しますといった新しい金融の流れがありますが、だからこそ、必ずお客様とお会いして、最近の事業に関するお話をして融資をする私たちのやり方の価値が向上すると思います。Face to Faceの関係がなくなってしまえば、社長の孤独感を感じとることもできなければ、新しい事業の発見もできなくなり、私たちがお手伝いできる機会そのものがなくなってしまうでしょう。私たちは今後も地域内でFace to Faceの関係を続けます。

私たちはデジタル技術の発達を全く受け入れないというわけではありません。デジタル技術などの先端技術を思いっきり使い、一方で起こりうる様々な問題に対処しようという考え方を持っているのです。預金取引では、デジタル技術を活用して、お客様が来店された際のおもてなしがきちんとできるように、窓口でのお客様とのやり取りに関して、必ずメモを取るようにして、それをコンタクト履歴として残しています。例えば、大阪の支店で「今度、娘が東京の大学に入学することになった」というお客様との会話内容を記録したとします。そのお客様が、京都の支店で振込手続きをされた際に、窓口の職員が「東京に行かれた娘さんはお元気ですか」と一言添えると、お客様は大変びっくりされます。なかには、むっとされるお客様もいらっしゃいますが、10人中9人は大変感激されます。私たちは、そのようなビジネスを目指しているのです。

祇園祭にクラウドファウンディング

<澁谷>

地方創生に関する取組みについてお聞かせください。

(増田理事長)

クラウドファウンディングには早い段階から着目して取り組んでいます。直近では、祇園祭の山鉾連合会から「祇園祭の寄付金が集まらなくて困っている」と話を聞いた支店長が、「クラウドファウンディングで資金を集めましょう」と提案をしました。山鉾連合会から「それは何ですか。祇園祭1000 年の歴史上、そのようなことはやったことがない」と言われましたが、支店長が「だからこそやりましょう」と言って取り組んだ結果、目標金額の4倍以上の資金が集まり、大成功しました。

私たちは基本的には「絆づくり」として事業者の悩みを受け止め、その悩みを解決しようと取り組んでいますので、その一挙手一投足が地方創生に繋がると考えています。

職員の「絆づくり」

<澁谷>

「健康経営優良法人2017 ~ホワイト500~」に認定された京都信用金庫の健康経営及び働き方改革に関する取組みについてお聞かせください。

(増田理事長)

「絆づくり」を宣言したとき、私たちは職場における職員の絆が希薄になっていると感じました。また、働き方に関して、職員がお給料のために嫌々仕事をするのではなく、自分たちの仕事に価値を見出して仕事をするべきだという考え方が根本にあります。「ホワイト500」に表彰されましたが、何か特別に立派な取組みをしているわけではありません。職員の健康や余暇などに可能な範囲で手当てができるようにと考えているだけです。取組みとして言うならば、経営ベンチマークに、私たちは「離職率の低下」に関する項目を設けようと考えています。それは、お客様との共通価値の創造の前に、職員と信用金庫の共通価値が形成されていなければ、お客様との共通価値など形成できるはずがないと考えているからです。

さらに、この4月から「アントレサポート支援制度」という制度をスタートさせました。創業支援の取組みなどを通じて、職員がお客様と真剣に語り合えば、職員に「自分も経営してみたい」という想いが芽生えるのは自然なことです。この制度を使えば、京都信金を退職して独立する職員には「いつでも出ていったときの机と椅子は置いておきます」ということを保証していますので、チャレンジした結果が失敗であっても、京都信金への出戻りが可能です。一応の目途は5年としていますが、10年でもいいと思っています。そこまで視野に入れた上で働き方を考えたいと思っていますが、何よりも職員の働き方に対する考え方として「自分の人生を大切にして自然に働こう」という意識に繋がるのではないかと思います。

増田 寿幸(ますだ としゆき)
京都大学理学部卒業。1975年京都信用金庫入庫。営業情報部長、経営企画部長などを経て、1996年理事。
常務、専務理事を歴任し、2006年副理事長。2008年理事長。2013年には京都経済同友会の代表幹事を務め、現在は特別幹事。

(2017/06/15取材 | 2017/07/19掲載)

金融機関インタビュー