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鹿児島銀行 永田 文治 頭取 インタビュー

地域力向上にむけてアグリクラスター構想を展開する鹿児島銀行

聞き手:リッキービジネスソリューション(株) 代表取締役 澁谷 耕一


▲ 鹿児島銀行 永田 文治 頭取

<澁谷>

銀行の沿革、強み、ならびに第四次経営戦略計画についてご説明ください。

<永田 頭取>

当行は、明治12年年創業の第百四十七国立銀行を母体として、その後県内銀行を合併、営業譲受を受け現在に至っており、今年10月6日には創立130周年を迎えます。当行の強みの一つは、堅実な歩みをモットーとしてきており、銀行屈指の高い自己資本比率(H21.3 連結自己資本比率 13.56%)および米国格付け機関S&Pによる上位格付け「A」という評価に見られる安定した財務体質であり、もう一つが、融資支援システム「KeyMan」に代表される他行比先行したIT戦略です。
IT戦略については、自前でも多様なシステムを開発してきており、ITによるデータベースに基づいた営業活動を徹底してきています。
第四次経営戦略計画(平成21年4月から平成24年3月)においても、法人部門、個人部門、業務部門それぞれにおいて、現場力強化を謳っており、1.不要な業務の洗い出し、2.複数業務のITによる統合、3.業務の簡素化、を大きなテーマとして追究していきたいと考えています。

中でも、ITを駆使できる人材教育に力を注ぐべく、当初2年を基礎固めとして、効率的な業務ができる人材育成を徹底し、3年目を飛躍の年にしたいと考えています。 これは、かつて審査部長時代において、お客様へのクイックレスポンスが出来ない、データ検索ができない等といった非効率な業務体制に対する強い問題意識から生まれたもので、トランザクション処理を効率化する一方で、トランザクション機能をデータベース基盤に落とし込むことで、全ての融資業務をパソコン化し、CRM(カスタマー リレーションシップ マネジメント)に生かしていくべきとの発想に基づいたものです。
こうして平成14年から稼動しました営業支援システムにおいては、全ての業務を見える化し、秒単位でチェックできるシステムを構築しました。
このシステムにおいては、営業担当者のお客様との交渉経過が、インサイダー情報を除いて、あらゆる所からアクセス可能であり、リコメンデーションも可能なシステムとなっています。地区担当の役員は毎朝状況チェックを行っており、過去の状況を踏まえたアドバイス等によるリレーションの強化、改善にも役立っています。
また、不良債権が発生した場合など、過去の取引履歴を確認することで、再発防止等の学習効果にも繋がっており、第四次経営戦略計画の中では、このシステムを「使える」から「活用する」という状態に昇華させることにより、今後の跳躍力に大きく差が現れてくるものと確信しています。
勿論、営業事務においてもお客様から預かった書類管理にも活用しており、書類の長期滞留を回避することにも役立っています。
更に、えてして陥りがちである本部の企画担当と現場の遊離を回避するため、企画担当からの業務発信に対して、忌憚のない意見を吸い上げられるようディスカッション掲示板を作成しました。また、窓口や営業担当者に寄せられるお客様の声や行員の声を速やかにデータベース化し、三ヶ月に一度開催される品質改善会議や、経営戦略会議に上がってくる仕組みを作っています。これは、所謂ハインリッヒの法則(労働災害における経験則の一つであり、1つの重大事故の背後には29の軽微な事故があり、その背景には300の異常が存在するというもの)で指摘されるように、銀行においても過失には及ばないものの、見えない不備、不便が多く存在することから、パートの方も含めて幅広く意見を集めることにより、銀行の満足度の向上に繋げたいとの思いによるものです。
ところで、この4、5月で私と専務、常務、取締役営業開発部長の7名で、手分けをして130ヶ店全店を回り、第四次経営戦略計画について説明ならびに意見交換の場を設けてきました。これは、この計画を理解し、実行していただくのが現場であるという事に加え、こうしたIT化を進める中で、忘れてはならない最も大切なことは、face-to-faceのコミュニケーションであるとの思いから実施した次第です。

<澁谷>

アグリクラスター構想とアグリビジネスについて、お聞かせください。

<永田 頭取>

アグリクラスター構想は、過去の苦い実体験から来ています。 鹿児島県においては、2回の産業構造の変化を経験しており、一度目は、昭和50年代初めにおいて、当時多かった大手アパレルメーカーの縫製工場が、挙って中国に工場を移転してしまったこと、そして二度目は、平成12年のITバブルが崩壊した時、その工場跡地等を活用したIT関連の下請け業者が大きなダメージを受けたことです。
その時、労働力を供給する産業ではダメだ、地域ならではの産業を育てる必要がある、鹿児島県では農業を基幹産業して、そこから食品産業を育て、地域の経済的繁栄を図っていかなければなないとの思いを強くしたわけです。そこで、農業融資を行うにあたり、農業特有のリスクの解明と、審査技術を身に付けさせたわけです。また、農業でも、稲作、畑作といった耕種栽培でなく、畜産にターゲットを絞り開拓を始めました。
なぜならば、畜産は個体管理であることと、一斉にITタグの活用等によるIT管理が始まっていましたので、これを審査技術に取り入れようと考えたわけです。これらのデータをインターネットを通じて入手することにより、在庫管理が可能になるんですね。また、最大のネックとなる担保については、家畜そのものが価値を生むことから、これらを管理する、つまりABL(アセット バック ローン)を活用し、頭数管理、経費管理を徹底することで、工場製品か畜産製品かの違いに過ぎない形に落とし込みました。まず、これを徹底することを農業法人に指示し、銀行では、これらのデータを審査資料として活用し、工程管理にも生かした訳です。
また、畜産は増頭資金や畜舎建設資金など、設備投資が嵩むことからも融資対象とすることに適していたことも一因です。
今は、米を除く耕種栽培にも取組つつありますが、耕種栽培における問題は、農家1戸あたりの全国平均耕作面積が僅か1.1haであるということなんです。当行の取引先は30ha以上、中には100ha以上という方も多くおられますが、多くはこうした零細農家であり、いずれやってくるであろう食糧危機に備えるためには、グローバル世界の中で勝ち抜く農業を作っていかなければならないと思っており、そうした環境においては、農業法人に集約化していくことが重要だと考えています。農業法人で、ITを活用した効率経営を実践することで、収益力も高まりますし、これまで一人でやってきた農家の方々は、サラリーマンとして雇用されることにより所得が増え、行政としても企業、個人からの税収増加が期待でき、結果、地方の貨幣経済が回り始めることになります。また、鹿児島の場合、全国2位の農業生産額を誇っており、カロリーベースでの食糧自給率は220%と、ほぼオーストラリアと同じ水準です。つまり、地産地消の話をしていても仕方がないわけで、これをどう形をつけて県外へ出していくか、農商工連携をどう活用していくかが大きな課題なわけです。
この成功事例が焼酎です。県下の第2次産業の半分以上を焼酎を含む食品製造業が占めておりますが、この不況期においても大きく落ち込むことがありません。4月に発表された日銀短観においても、南九州の食品製造業は+7%と健闘しています。
つまり、地域の特徴を生かしながら、地域に密着した産業を育て、地域の繁栄を図っていくことが私の考えている経営方針であり、これを農業集積を意味するアグリクラスターと名づけたわけです。
一方で、行政は公共工事により建設業を擁護しようとする傾向にありますが、農業において5ha以上になると、土壌改良、造成には建設業者の出番が生じます。つまり、知事にも申し上げていますが、公共工事でなく農業関連事業において建設業者の活躍の場を見出しなさいと。
また、銀行内で浸透させているのは、資金使途自由などという制度融資を安易に作るな、ということです。60歳以上の農業従事者が60%を超えている中で、資金使途自由の制度融資を使っていると、いずれは不良債権になるよと警告しています。つまり、農業融資は、必ず相手経営者と膝を付け合せて、将来の方向性を話し合った中で進めていくことが重要だと申し上げています。
農業は、今後FTA(自由貿易協定)交渉の進展など、自由競争が益々激しくなることが予想されますが、そうした中でも勝てる農業を目指す、そして基幹産業としてとして育てたいと考えているからです。つまり、融資ありきで農業融資を行うのでなく、基幹産業としての農業を育てるために融資を行う、という姿勢が求められるわけです。
また、商流は、KeyMan(鹿児島銀行がフューチャーアーキテクトと共同開発した融資支援システム)で全て押さえることが可能ですので、これらを把握する中で、結果としてビジネスマッチングの機会が生まれてくるわけです。
現在、食品加工業は9000億円、農業は4000億円の市場規模ですが、知事には併せて2兆円規模にもっていこうと話をしています。これこそが地域活性化なんだと申し上げています。
また、最近、農業経営者は徐々に経済の矛盾に気づき始めています。 共同組合組織である農協を通じた場合、零細事業者であっても大企業法人であっても1t当りの買取価格は同じなんです。これは肥料も同じです。国民の食生活が益々多様化している中で、消費者ニーズに合わせようと努力した農業経営者が報われない構造なんですね。
ちなみに100ha以上の農地を経営し、6品目を栽培している農業法人の方は、全て大企業との契約栽培を行い、優秀な人材も入ってきています。
この農業法人では、どこで何を栽培しているのか、栽培状況がどうなのか、といったことを全てIT管理されており、生産コストも瞬時に把握できる管理体制が行われています。
まさにKeyManと同じなんですね。
社長とは、1.低コスト化、2.均質化、3.大量生産、4.安定供給という4つの概念をもって、畑作のIT化を進め、現場を取り込んだ生産管理を行っていこうということになり、現在、ランドサット(地球環境衛星)を使った管理システムを鹿児島大学農学部、当社、当行にて共同開発を進めているところです。

<澁谷>

地域のブランド化についてはどのようにお考えでしょうか。

<永田 頭取>

地域ブランドについては、生産者の優劣に開きがあるのが現状であり、例えば、屋久島ポンカンというブランドがありますが、その差に開きがあるがために、いいブランドになっていないんですね。そこで、個社ごとのブランドを作りなさいと申し上げています。
そのためには、大規模化或いは何人かでグループを作り、それぞれのグループが責任をもって自社の基準を作りなさいと。
今は、作ったら売れるという時代ではありません。またマーケティングとブランディングは違うんですね。農産物は、食された方に安心して美味しいと感じていただかなければなりません。鹿児島の場合、食糧自給率が220%ですから、売れればいいという考え方で、地産地消などと言っていては、農業の質は決して上がりません。また、こうしたものを県内で販売していれば、購買力にも繋がりません。私は、金融については、県内に入ってきたものを如何に県内で回していくのかといった、金融の地産地消を進めるべきだとは申し上げていますが、農業は地産地消ではダメなんですね。海外で太刀打ちできる品質を確保し、鹿児島という地理的利点を生かして、海外へ展開していくべきなんです。
実際、東南アジアを中心に、海外の富裕層は悩みを抱えています。先日、香港のホテルに泊まることがありましたが、全く野菜がなかったんです。責任者に聞いたところ、中国産でよければ出しますよと。その時、これはいけると感じたんです。
今後、鹿児島のポテンシャルを引き出すとすればここだと。
やはり、他県とはかなり事情が違うと思います。我々は、農業を基幹産業、地域浮揚策として捉えていくべきであり、その中で共に成長できればいいと考えています。
これは、環境問題も同じであり、リスクを取りながら成長していく必要があります。

<澁谷>

ところで、銀行の審査能力を高め、専門家を養成していくとのことですが、具体的にどういったことを行われているのでしょうか。

<永田 頭取>

殆どIT化されたデータ入手可能ですので、お客様の情報をインターネットを介して日々入手し、そのデータを市場価格に引き直すわけです。
畜産であれば、肉質がわかりますから、その中でどのレベルの肉質か確認し、どの程度の歩留まりが見込まれるかによって、正味在庫量が推測できることになります。
その範囲中で、生産資金対応をし、それを超える部分は赤字資金ですので、これは別途対応するということになります。更に、肥料についても価格変動がありますので、こちらもモニタリングを実施しています。
我々は、こうした管理の下で、農業戦略というものを指導していきたいと考えています。
残念ながら、農政、農業大学等では、今の平均的な農業規模である、耕作地1.1ha、牛10頭といった、所謂全く将来性のない貧困ビジネスモデルの中で議論を行っており、これを企業化するべきなんです。そうすれば、人事、雇用制度をどうするか等といった企業としての相談もでてくるわけですが、こうしたことに対応できるのも銀行なんですね。
先日、沖永良部島に行ってまいりましたが、そこで株式会社化をされ、ITで各市場と結び価格優位なところに販売するという先端的なビジネスをされておられる方にお会いしました。これを目の当たりにし、食糧自給率40%で、残り60%がグローバルな中に晒されている現状を考えれば、グローバルな農業を推進する必要があると確信した次第です。

<澁谷>

アグリクラスターファンド(農業ファンド)の設立と投資状況についてご説明ください。

<永田 頭取>

第1号は昨年7月に設立し、この2月でほぼ投資を完了しました。
このファンドは、当行と地元企業のみで組成し、株式会社ドーガンインベストメンツに運営をお願いしています。
現在、2号ファンドを組成しようかと思っていますが、出資を希望する方がどんどん増えてきており、香港からも声がかかっています。
やはり、農業を支援するためには、本来ファンドがベターなんですね。
放棄農地を耕作農地にするためには、土壌分析、土壌改良から行う必要があり、耕作までに2、3年かかります。これを融資という形で対応するには、やや無理があるわけです。
我々としては、こうした手法を用いながら、農業政策を推し進めていきたいと考えていますが、行政における矛盾がまだまだ存在し、いくつかの問題も残っています。
例えば、先月シンガポールでは、日本製品に対する輸入を解禁し、香港は昨年4月に関税、消費税、酒税を全て撤廃しました。今や東南アジア諸国は、日本に向いているんです。
しかし、畜産物については、厚生労働省の管轄の中で、非常に細かい輸出基準が設けられており、これが輸出の障害になっています。例えば、牛肉の場合、香港ではぶつ切りの枝肉での輸入を認めていながら、日本では全ての部位ごとに切り分けて、それぞれに品質保証書を添付して輸出することを求めており、輸出業者がこれに対応することに躊躇してしまっています。市場のニーズに対して、全くディレギュレーションが行われていないんですね。
こうした行政の対応に、当行としても改善要求を求めており、早くこうした矛盾を取り払っていきたいと願っているところです。

<澁谷>

最後に、環境、観光への取り組みについてお聞かせください。

<永田 頭取>

環境に関しては、2年前に鹿銀環境方針を策定し、平成19年4月からは、国際環境計画特別顧問で環境事業に詳しい末吉竹二郎氏を監査役として迎えました。
平成19年4月から、CSRを先行しようと、本店屋上緑化、太陽光発電等を導入してきており、現在は環境産業の育成に取り組んでいるところです。
鹿児島では地域性を勘案し、一つは農業であり、もう一つは食品リサイクルです。
食品リサイクルについては、平成19年5月に食品リサイクル法が改正され、1年間に食品残渣を100t以上発生させる事業者は毎年6月までに残渣量の報告義務が課せられました。
平成24年度までには、食品製造業では85%、食品小売業では40%のリサイクル目標が掲げられましたが、その食品残渣のリサイクルとして考えられるのは、飼料・肥料化なんですね。では、これを実際使うところはどこかというと、南九州なんです。 実は、鹿児島は配合飼料を年間450万トン使用しています。
既に、この取組はスタートしており、県下の焼酎麹菌製造業者、外食事業者、そして畜産業者が組んで、再生利用計画の認定を受けて飼料化を進めています。
例えば、東京ではホテルなどから出る食品残渣を全て焼却処理しているわけですが、今後環境問題を考えるとできなくなると思います。一方で、このシステムは、タンクに食品残渣と麹菌を一日入れることでリキュール化し、発酵を止めてしまいます。 そうすることで、安全な飼料・肥料化が可能となります。
そうした処理を施したリキュール状態のものをタンクにて運搬し、鹿児島で飼料、肥料に分解し、畜産農家に供給するという仕組みです。
環境には、規制は必要ですが、逆に規制があるからこそ新しいビジネスが生まれてきます。
我々は、環境問題が環境産業にかわり環境に寄与するビジネスモデルを構築していきたい。これが、環境をコントロールすることだと考えています。
当行の取引先で環境問題に取り組んでいる企業は400社以上に上っており、現在、当行の貸出シェアは30数%です。これを50%まで引き上げることを目標としています。 本業として環境産業を育て環境事業を大きくしていきたい。勿論、CSRとして模範を示すことも重要ですが、環境の大切さをPRしていくことも必要と考えています。
先日、屋久島に行ってまいりましたが、大王杉というのは標高1800メートルにあり、登山客のし尿処理に4千万円を要しています。この費用は基本、募金にて賄う計画ながら、昨年は1/3しか集まらず、当行として2百万円を寄贈し、今年度は130周年記念として3百万円を寄贈しました。我々は、こうした活動も通じながら、自然の大切さに気がついていただければと思っています。
それから、観光については、地元の名産品を地元に残しなさいと申し上げています。
例えば、くびおれ鯖というのが屋久島にはありますが、これが全て東京に出荷され地元にないんですね。私は、森伊蔵現象と呼んでいますが、こういう状態では、観光客を呼び込むことができないんです。そこで、昨々年、「メロー小鶴」で有名な小正醸造に、鹿児島でしか飲めない焼酎を造ってもらいたいとお願いし、「篤姫の想い」を造っていただきました。
これが、観光客に非常に人気を呼んでおり、この様な商品を更に揃えることで、リピーターの増加に寄与していければと願っているところです。
観光というと、景色を観るということを思い浮かべがちですが、景色はDVD等で観ることができるんですね。しかし、食べ物については、そこに行く必要がありますから、そうした観光戦略を進めなさいと申し上げています。 今後は、縦割り行政の歪を是正し、別途、県においてプロジェクトチームを作って対応を検討すべきだと考えています。我々は、アグリクラスター構想でほぼ一致しており、あとは県の意識改革だと思っています。



(2009/06/16 取材 | 2009/07/09 掲載)

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