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会社法改正後のガバナンス改革のステップ〜グローバル・スタンダードの実現に向けて〜

著者:FFR+ 代表 碓井 茂樹 氏

 昨年来、会社法改正に続き、コーポレートガバナンス・コード原案の公表など、ガバナンス改革が急ピッチで進み始めました。その背景として、近年、オリンパス事件など日本企業の不祥事が続き、日本独自のガバナンスの問題点に国際社会の注目が集まったことがあげられます。たとえば、社内取締役間の相互監視、監査役制度、経営トップに直属する内部監査部門などは有名無実であって、実際には機能していないのではないか、という疑念を国際社会は抱いています。
 今、ガバナンス改革を進めなければ、将来、日本企業の格付引き下げ、海外投資家による日本株売りなど深刻な事態を招く可能性を否定できません。当面のガバナンス改革の目標としては、十分な数の独立社外取締役を確保したうえで、監査役会を監査委員会に昇格させ、内部監査部門を強力なラインで結ぶことです。グローバル水準のガバナンス改革を実現するための大きな一歩となるでしょう。

再考:オリンパス事件

オリンパス事件は、2011年、不正会計の疑惑が一部情報誌によって報道されたことから始まります。これは内部告発者がいると推察される内容でした。

当時の社長マイケル・ウッドフォード氏は、30年来オリンパス社に勤務し、会社への貢献、愛社精神の点で、トップに抜擢されたことが首肯できる人物でした。彼は取締役会で不正会計に関する調査を提案し、調査を必要とする理由や、可能な限りの裏付けデータをレターにまとめ、取締役・監査役に事前送付しました。しかし、取締役会の当日、不正会計に関する調査を行うことを議論する前に、マイケル・ウッドフォード氏の解任が提案され、取締役会は彼の解任を決議しました。オリンパス社の取締役会は、誤った社内論理を優先させ、正しいことをしようとした人物を解任したのです。

このことがフィナンシャル・タイムズ紙などによって世界中に報道された結果、日本企業のガバナンスに関する国際的な評価は失墜しました。オリンパス事件は忘れ去られた過去の事件ではありません。昨年、内部監査人協会(IIA)の国際大会がロンドンで開催され、基調講演にマイケル・ウッドフォード氏が登壇しました。講演後には彼の著書にサインを求める内部監査人が長蛇の列をなしました。

国際社会では、オリンパス事件は、日本独自のガバナンスの限界が端的に現れた事件の1つに過ぎないと考えられています。この点を日本企業は真摯に受け止め、ガバナンス改革に取り組む必要があります。

有名無実な日本独自のガバナンス

国際社会からみると、日本独自のガバナンスについてどこに問題があると映るのでしょうか。日本企業のガバナンスの構成要素について少し考察してみましょう。

①取締役間の相互監視

日本企業のガバナンスを説明するとき、まず「取締役間の相互監視」が基本なのだという説明がなされます。

国際社会では、取締役会の構成は独立社外取締役が過半数を占めるのが常識となっています。これに対して、日本企業の取締役会は社内取締役が主体です。独立社外取締役の設置が遅れている日本企業が「取締役間の相互監視が基本である」といっても国際社会が耳を貸すことはないでしょう。

国際社会では、経営者が不正を働いたり、リスキーな戦略をとろうとしているとき、社内取締役が牽制を利かせることなどできるはずはなく、実効性に乏しいと受け止められます。

②日本独自の監査役制度

明治以来、日本には監査役という独自の制度があり、取締役を「監査」する権限があると説明されます。「監督」ではなく「監査」という用語の意味は曖昧ですが、一般には経営者の違法行為が疑われる場合、監査役は調査を実施し、違法性があれば差し止め請求を行う法的な権限と責任があります。

では、監査役は経営者の違法行為が疑われるとき、本当に調査を行うことができるのでしょうか。

オリンパス事件のように、一部情報誌が経営者の違法行為の疑惑を報じたとしましょう。経営者は「根も葉もないこと」と否定し、内部監査部門に調査を依頼しても、経営者の指示がなければ動きません。

中小企業の経営者による経費の私的流用など、単純で誰の目にも明らかな違法行為の場合、監査役は数名のスタッフを使って調査を行うことができます。しかし、大企業で起きた複雑な事案や組織的な隠ぺいが行われている事案では、監査役がスタッフ数名で調査を行うことは事実上不可能です。

監査役は、弁護士や会計士などの専門スタッフを外部調達して調査を行うほかありません。外部の専門スタッフの人選は、監査役が自ら行う必要があります。経営者は調査の必要性を認めていないので、調査費用を請求しても支払われません。数百万円から数億円の調査費用を、監査役個人が立て替える必要が生じます。はたして違法行為の疑惑が報道されただけで調査を行うことを決断できる監査役がいるでしょうか。これでは国際社会から監査役制度は有名無実である、とみられたとしても仕方がないでしょう。

なお、監査役監査は、主に違法行為の有無をみるものです。違法とまで言い切れない事案やリスキーな戦略に関しては経営判断に属するため、監査役の法的権限は及びません。監査役は取締役会で違法性の判断以外の参考意見を表明することもあります。しかし、経営者が監査役の参考意見を取り上げなければ何の影響も及ぼすことはできません。

③経営者の配下に置かれた内部監査

多くの日本企業では、内部監査部門は経営者の配下に置かれています。委員会設置会社を採用している先ですら、内部監査部門が経営者の配下に置かれているケースもみられます。また、経営者は内部監査部門長の人事権を持っています。内部監査の計画・予算の承認を行うのも経営者ですし、結果の報告を受けるのも経営者です。

一部の日本企業・銀行では、内部監査の国際基準(IIA基準)への適合を意識して、内部監査部門を取締役会の配下に置いている先もあります。しかし、取締役会が社内取締役主体の構成となっている日本企業では、両者に実質的な違いはないと考えられます。

国際社会において、内部監査部門が経営者の配下に置かれているというと、途端に表情が一変します。驚きとともに軽蔑のまなざしでみられることを覚悟しなければなりません。それほど国際社会では、内部監査部門が経営者から独立していることが重要視されているのです。

なぜなら、内部監査部門には、経営者以下の執行ラインが経営目標を達成できるかを客観的に評価する役割があるからです。また、経営者による不正や不祥事隠しなどの疑いが生じたとき、内部監査はさまざまな妨害を受けることが予想されます。どんなに困難な状況下でも内部監査部門には不正を暴くことができる権限と専門的能力が求められるからです。

この10年余、日本の金融機関は、内部監査の拡充、機能強化に真剣に取り組んできました。しかし、くやしいことに内部監査部門が経営者の配下にある限り、国際的な評価は最低ランクから脱することはできません。

エンロン・ワールドコム事件、リーマンショックの教訓

国際社会でも、エンロン・ワールドコム事件、リーマンショックに端を発する国際金融危機など重大事件が起きています。ガバナンスのグローバル・スタンダードを実現しても、こうした重大事件は起きるのだから、ガバナンス改革を進めることに対して懐疑的な意見を述べる向きもありますが、それは大きな間違いです。

たとえば、ワールドコム事件を取り上げてみましょう。内部監査人シンシア・クーパー氏が経営者と会計監査人が結託した不正会計の端緒をつかみ、監査委員長マックス・ボビット氏に報告しました。彼は監査実務に詳しい独立社外取締役でした。執行サイドは内部監査に対する妨害工作を行いました。内部監査チームを率いたシンシア・クーパー氏は、「誰も率直に質問に答えてくれなかった。数か月にわたり、恐怖におびえ、胃がむかつき、両手が震えた」と述べています。

ワールドコム事件は、①監査実務に詳しい独立社外取締役を監査委員長に任命すること、②監査委員会と内部監査部門を強力なラインで結ぶこと、の重要性を端的に示しています。日本企業が模範とすべきグローバル・スタンダードの代表的な事例と言えます。

なお、エンロン事件では、ワールドコム事件と同様、経営者と監査法人が結託して不正な会計処理を行っていました。独立社外取締役・監査委員長は、専門的な会計知識の不足から複雑な粉飾を見抜くことができなかったと指摘されています。

国際金融危機が起きたのは、当時、海外金融機関の取締役会のなかにはリスク管理の専門知識・スキルを持ったものがおらず、極めてリスキーな経営戦略を安易に承認してしまったからだと指摘されています。しかし、国際社会では、過去の重大事件の真摯な反省にもとづいて、独立性と専門性を兼ね備えた社外取締役を十分な数だけ確保することの重要性に気付き、すでに実践をしています。

国際社会では、ガバナンスのあるべき姿が、日々、議論されています。今もグローバル・スタンダードは進化し続けているのです。日本企業も、こうした国際社会の動きを常にフォローして、キャッチ・アップを図るべく、ガバナンス改革を進めなければなりません。

当面のガバナンス改革の目標

「社内取締役間の相互監視」「監査役制度」「経営者の配下に置かれた内部監査部門」など、日本独自のガバナンスを続ける限り、国際的な評価は回復しません。

昨年の会社法改正、コーポレートガバナンス・コード原案の公表を受けて、今後、多くの日本企業が「委員会設置会社」や「監査等委員会設置会社」への移行を進め、グローバル・スタンダードを目指す動きが広がるでしょう。とくに新たな機関設計として認められた「監査等委員会設置会社」は、いきなり「委員会設置会社」に移行するのはハードルが高い日本企業にとっては現実的な選択肢です。

当面のガバナンス改革の目標としては、十分な数の独立社外取締役を確保したうえで、「監査役会」を「監査委員会」に昇格させて内部監査部門を強力なラインで結ぶことです。最後にこの点を含め、今後のガバナンス改革のステップを考察したいと思います。

改革ステップ① 十分な数の独立社外取締役を選任、取締役会を活性化

欧米・アジア諸国を見渡しても、独立社外取締役が過半というのが一般的です。世界中で実現できていることが、先進国の日本で実現できないというのは通用しません。時間をかけても十分な数の独立社外取締役を確保する必要があります。

上場企業であれば、すでに独立性の高い社外監査役が2~3名選任されています。経営実態を知る彼らを監査委員に選任し直し、不足する分野・属性の独立社外取締役を新たに選任して多様な人材を受け入れることによって取締役会の活性化、機能強化を図るのがよいでしょう。

改革ステップ② 独立社外取締役の支援体制と教育プログラムを整備

日本のコーポレートガバナンス・コード原案をみると、取締役会に関して、「情報入手と支援体制」「トレーニング」の項目が設けられました。そして「独立社外取締役」に対して、情報を提供するためのサポート・スタッフを配置したり、専門知識を取得・強化する教育プログラムを用意するなどの支援体制を整備することの重要性が明記されました。

すでに国内の金融機関で社外取締役を支援する体制を整備した先もあります。りそなホールディングスとみずほフィナンシャルグループでは、社外取締役のサポート・スタッフをおき、業務説明会や現場見学会などをセッティングしています。

また海外の金融機関では、金融危機の際、リスキーな戦略を専門知識の不足から安易に承認してしまった反省から独立社外取締役の研修プログラムを策定・拡充しました。独立社外取締役には受講が義務付けられており、受講を怠ると解任されてしまいます。

改革ステップ③ 取締役会の議長に非執行取締役を任命

国際社会では、取締役会の議長は、経営者ではなく、非執行取締役が務めるのが原則です。経営者が議長を務めるケースもありますが、その場合は多くの独立社外取締役がいることや、シニアで指導的な独立社外取締役が「目付け役」として機能していることなど、経営者に対するチェック・アンド・バランスを説明する必要があります。日本企業のように無条件に経営者が議長を務めるのは、国際社会の常識では典型的な悪い事例とみなされています。

日本の銀行にも、グローバル水準を満たす取締役会の議長が出始めています。たとえば、みずほフィナンシャルグループは独立社外取締役を議長に任命しました。議長を補佐するため、社内の「非執行取締役」を副議長としています。十分な数の独立社外取締役を確保しており、国際金融機関にふさわしいガバナンス態勢といえます。

また、山陰合同銀行では、会長が非執行取締役として議長を務めています。会長は日頃、役職員を会長室に入れず、実質的に非執行の立場を堅持しています。取締役会では、会長は3名の地元出身の社外取締役と同じ側に座り、執行側の社内取締役4名と向き合い、活発な議論が行われています。地域銀行の取締役会運営ではベスト・プラクティスといえるでしょう。

改革ステップ④ 取締役会に重要事項を協議する委員会をおき、委員長に独立社外取締役を任命

海外の金融機関では、取締役会に「指名委員会」「報酬委員会」「リスク委員会」「コンプライアンス委員会」「監査委員会」などをおいています。日本の銀行も「監査等委員会設置会社」あるいは「委員会設置会社」に移行し、上記委員会を順次、設置していく必要があります。

委員長は独立社外取締役とするのがグローバル・スタンダードですが、独立社外取締役の確保には時間がかかります。まずは、「監査役会」を「監査委員会」に昇格し、時間をかけて人材の確保と態勢の整備を図りながら、他の委員会の設置へと進むのが現実的でしょう。

改革ステップ⑤ 監査委員会と内部監査部門を強力なラインで結ぶ

国際社会では、監査委員会と内部監査部門がガバナンスの要(かなめ)と位置付けられています。監査委員長には、監査業務に精通した独立社外取締役を任命し、監査委員の全員を非執行取締役としなければなりません。そして、監査委員会は内部監査部門長の人事権、内部監査の計画・予算の承認権をもつ必要があります。

監査委員会の配下に内部監査部門をおいて、両者が強力なラインで結ばれた姿を国際社会に示すことがきわめて重要です。日本のガバナンスへの信頼を取り戻すうえで、大きな一歩となるでしょう。

最後に

内外の環境変化が激しい時代になりました。「独立社外取締役」がいる企業の場合、経営者は「独立社外取締役」から環境変化への対応をどうするのか、「説明責任」を求められます。内部監査を活用して、その対応がうまくいっていないことが判明すれば、「結果責任」を求められます。

取締役会のなかに十分な数の「独立取締役」がいて、「内部監査部門」を配下に置く、強力なガバナンスが確立している企業では、短期的な業績変動や経営者の交替をともないつつも、長期的には企業価値を高めることができるでしょう。

反対に、ガバナンス不在の企業では、経営者は「説明責任」を求められることがなく、「結果責任」すら問われることがありません。現経営者は、つかの間の安泰を享受できるかもしれませんが、結局、環境変化に適応できなければ、その企業は淘汰されてしまうでしょう。

安倍政権の再興戦略ではガバナンス改革によって「稼ぐ力」を取り戻すと謳っています。しかし、それは目先1、2年で「稼ぐ力」を取り戻すという意味ではありません。

日本企業のガバナンスのあり方を大きく見直すことにより、環境変化に柔軟に対応できるようにすることで、次世代に向けて「稼ぐ力」をつないでいくという意味です。

※本稿に記載された意見・コメントはすべて個人的な見解に基づくもので、筆者が所属する組織・団体の代表的な見解を示すものではありません。また、筆者が所属する組織・団体がこれを保証・賛成・推奨するものではありません。

◆碓井 茂樹(うすい しげき)
1961年愛知県生まれ。83年京都大経済学部卒。日本銀行入行。
06 年金融高度化センター企画役(現職)。FFR+「金融工学とリスクマネジメント高度化」研究会を主宰( 兼職)。同研究会のメンバーを中心に金融界の有識者に呼びかけて、11年3月、日本金融監査協会を設立。
京都大、一橋大、埼玉大、千葉商科大、大阪経済大で客員教授、非常勤講師を務める(兼職)。著書に「リスク計量化入門」、「内部監査入門」(共著、金融財政事情研究会)